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母音と子音

今回から文章を「ですます形」で書きます。
あまり偉そうな文体で書けるほどの知識量でもないので…という理由で。口調を柔らかめにしようと思います。

そして、方言よりもなによりも、言語学の基礎の部分からしっかり書いていこうと思います。まずはこれありき、これがないと説明も何もうまくいきません。
そう、つまずいたんです。だから、基本からなるべくしっかり、書いていきます。
では、ずぅ〜(here we go !)

母音と子音を分けてみる

まず、ひらがなの五十音表を思い浮かべてください。
この五十音表を、アルファベットで表記してみてください。どうなりましたか?

ア行は母音だけの列ですので「a」「i」「u」「e」「o」、と母音を表すアルファベット一文字になりました。
では、他の行はどうでしょうか。 「ka」「ki」「ku」「ke」「ko」、「na」「ni」「nu」「ne」「no」など、「子音+母音」の組み合わせになったはずです。 挙げた例でいうと、カ行は子音が「k」、それに母音の「a」「i」「u」「e」「o」がそれぞれくっついて「か」「き」「く」「け」「こ」の音ができあがります。ナ行「n」も同様に説明ができます。

子音が変化した音

先にカ行とナ行を例に挙げました。なぜ順番よくカ行、サ行、タ行…と例示しなかったかというと、サ行やタ行に「例外」があるからです。
では、どのような例外か、それを見てみましょう。

1. サ行 − [s]、[sh]

アルファベットで書いてみます。
そうすると、「sa」「shi」「su」「se」「so」になりますね。

ん?
そうそう、「し[shi]」がおかしいですね。
定型通りだと[si]となり、発音は今の表記だと「スィ」というふうになるはずです。

口の中の動きに注意して、実際に声を出して「サ・シ・ス・セ・ソ」と言ってみてください。イ段の「シ」時だけ、舌の位置が違っているのがわかるでしょうか。イ段の時だけは上あごの真ん中辺りに細い隙間を作って息を通していますね。母音がそれ以外のときは、舌が少し前寄りになって、上の歯の付け根(歯茎)に息が当たっているはずです。
では、こんどは [si](スィ)と発音してみてください。これはサ行母音がイ段以外の時と同じ調音点になりますよね。
サ行には子音が2種類あります。

2. タ行 − [t]、[ch]、[ts]

タ行はどうでしょう。

「ta」「chi」「tsu」「te」「to」です。
そう、「ち[chi]」と「つ[tsu]」の子音が違っていますね。[ti](ティ)、[tu](トゥ)でない。

これも実際に発音してみてください。そして舌の位置、息の通りを感じ取ってみてください。
違いはわかりましたか?

母音が[a]、[e]、[o]の時と、[i]、[u]のとき、そしてイ段[i]とウ段[u]もそれぞれ違ってるはずです。
[ta](タ)、[te](テ)、[to](ト)のときは、舌先が歯茎(または上の歯の裏)をはじいています。[tsu](ツ)は、歯茎より少し奥寄り、硬口蓋に舌先を近づけて細い隙間を作り、息を通しています。[ts]と綴るだけあって、サ行[s]の音にも似た音のつくりかたです。
[chi](ち)は、子音に「t」の字が含まれていないことからもわかるように、更に発音が変化しています。上あご全体に一度舌がくっついて、離れた瞬間に息が通る発音ですね。

以上、タ行の子音はなんと3種類です。わぉ!

3-1. ハ行 − [h]、[?]、[Φ]

ハ行、これは、もう、凄いよ〜。さあ、みてみましょう。
ただし、これは普通にアルファベット(ヘボン式ローマ字)で表記しても、「ha」「hi」「fu」「he」「ho」と、一見何の変哲もない(!)上に、一部実際の発音にそぐわない表記があるので、IPA(国際音声字母)で書いてみます。IPAとは英語の辞書などに載っている、あの、いわゆる「発音記号」のことです。

「ha」「çi」「Φu」「he」「ho」。

どうでしょう。見慣れない発音記号がふたつ見えますね。そう、[çi](ヒ)と[Φu](フ)です。さて、私たちはそんな変わった音を発声していたのでしょうか?
とにかく、いちどハ行を実際に発音してみましょう。

「ヒ」と「フ」の発音は、どうなりましたか。
「ハ」「ヘ」「ホ」との違いはわかりましたか。

「ハ」「ヘ」「ホ」の子音は「h」。のどの奥(声門)で調音して息を吐き出す音です。
試しに、この調音点のままで母音[i]、[u]をくっつけて言ってみてください。カ行とハ行の間のような、妙な音が出てきませんか?

さて、「ヒ」の子音の発音記号は、アルファベットのcの字の下にひげの付いた[ç]です。実際に発音してみると、hより少し前寄り、上あごの奥(硬口蓋)に息を当てることで調音されていますね。

では、こんどは[Φu](フ)です。口を少しすぼめるようにして、口唇で調音されていますね。
「Φ」はギリシャ語アルファベットの「ファイ」、高校数学の授業では確か、「空集合」を表す記号として習ったと記憶しています(そうですよね?)。

ハ行の他の子音がのどに近い点で調音されているのに、この「フ」だけは口唇音です。不思議ですね。

3-1. ハ行の歴史的変遷

宮古方言では、共通語のハ行は原則、[p]の子音いわゆる「パ行」が対応します。[p]は、口唇を閉じた状態から勢いよく息を吹き出す音です。これは宮古・八重山方言全体に見られる現象です。また、宮古・八重山方言の一部と、残りの琉球方言圏のあちらこちらでは、[f]音が「ハ行」に対応します。これは口の両端を少し横に引っ張った状態で、閉じた口唇から息を吹き出す発音です。

あれあれ、[p]や[f]の音は、先ほどの[Φ]の音に近い、口唇を使う発音ですね。
では、清音と濁音の対応関係について、ちょっと考えてみましょう。

他の行、つまり「カ行とガ行」や「サ行とザ行」、「タ行とダ行」では、清音の時と濁音の時、調音点が一致しています(試しに発音してみてください)。
清音と濁音の違いは、子音が単独で発音されるときに、それが有声音か無声音かの違いです。濁点のある行の子音は無声音、それに濁点をつけると有声音になります。
(有声音と無声音については、後ほど単独で記事を書きます)

ハ行の音であるバ行はどうでしょう。アルファベットで書いてみると、次のようになりますね。
「ba」「bi」「bu」「be」「bo」。
では、これはどういうふうに発音されていますか? いちど口唇を閉じた状態から息を吹き出す音になりますね。
実はこの[b]という子音は、無声子音[p]の有声化した発音です。言い直せば、「バ行[b]」の本当の清音は「パ行[p]」ということになります。古くは日本語でも、ハ行は[p]の子音で発音されていたと考えられています。それが少し軟らかくなって[f]音となり、現代の[h](および[?]、[?])へ変遷したと考えられています。
パ行[p]とファ行[f]は、調音点が近いので、変化しやすかったと考えられます。パ行[p]とハ行[h]はあまり似てはいませんが、ファ行[f]とハ行[h]なら似た音に聞こえますね。日本語ではファ行[f]とハ行[h]の音(古くはパ行[p]とファ行[f]の音)を厳密に区別しなくても、単語の意味に影響がない言葉だったため、変化をしてしまったのでしょう。

■ まとめ

たとえば、サ行においては、元々は子音は一貫して[sa]、[si]、[su]、[se]、[so]と発音されていたと考えられています。
それが時間を経るうちに意味に影響を与えない範囲で発音が楽にできる音へと変わってきた。日本語は、[si](スィ)と[shi](シ)を区別しなくても良い言語ですから、どちらでも良い、つまり流動可能だったわけです。そしてその結果、日本語という言語の中で、サ行のイ段は[si](スィ)という音より[shi](シ)という音の方が発音しやすい、ということになったのでしょう。

タ行のイ段・ウ段についても同様の説明が可能ではないでしょうか。

ハ行についても、経緯は少し複雑になっていますが、先述の通り、「発音を厳密に区別しなくても単語の意味に影響が少なく」、また「発音が楽な方へ変化した」という意味では同じような経緯をたどってきたと考えられます。


以上、思ったより長くなってしまいました。いかがでしたでしょうか。五十音表をアルファベットに置き換えてみると、おとなしく定型通りになってくれない音が結構多いものですね。

これも歴史の長い証拠かしら。



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Posted by Motoca at 2007年08月26日 20:10
コメント(2) | | カテゴリ:言語学の基礎知識

この記事へのコメント

分かりやすかったです。ありがとうございます。
Posted by ひかり at 2020年05月27日 11:28

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